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谷川英徳

前十字靭帯損傷…原因、症状、当院での治療について

更新日:2020年11月8日

 ここでは、スポーツに伴う膝前十字靱帯損傷に対し、当院で施行している前十字靭帯再建術について、手術の概要を質問形式で説明します。


質問1:膝関節前十字靱帯(ACL)とは?

答え1:ACL(エーシーエル:英語のAnterior Cruciate Ligamentの頭文字)は膝関節のほぼ中心にあって、大腿骨(だいたいこつ:ふとももの骨)に対して脛骨(けいこつ:すねの骨)が前にずれないように押さえています。また、膝にひねりが加わった時にも、膝がずれないように支える役目があります(下図)。この靱帯の損傷は、急な方向転換やジャンプと着地を繰り返す競技(バスケットボール、サッカー、バレーボール、ハンドボールなど)で起こりやすいです。ACLが切れると、急な方向転換やジャンプの着地の時に膝がガクッとずれる、いわゆる「膝くずれ」が起きて、膝が頼りない感じになります。



質問2:治療にはどんな方法がありますか?

答え2:初めてけがをした場合には、松葉杖や靱帯損傷用のサポーター(ACL用の装具が必要です)を使用して治療してゆきます。3~4週間すると、痛みが引いて日常生活に戻れます。日常生活やスポーツで膝の不安定感、膝くずれなどの症状がない場合は、落ちた筋力を回復するトレーニングをしてゆきます。膝の不安定感が残る場合には、手術を検討します。何度も膝くずれを繰り返していると膝関節が痛み、将来的に変形性膝関節症(膝の軟骨や半月板などのクッションがすり減り、骨の変形や痛みを生じる病気)の原因となります。特に競技レベルのスポーツに復帰を希望する人は、まず手術をして靱帯を治してから復帰することをお勧めします。靱帯のみ痛んでいる患者さまのスポーツ復帰率は約8割以上ですが、半月板や関節軟骨がすでに傷んでいる患者さまの復帰率は低下します。


質問3:手術は必ずしなくてはいけないのでしょうか?

答え3:ACL損傷患者さんの中で手術が必要なのは、スポーツへの復帰を希望する患者さんと半月板損傷が合併している患者さんです。MRI検査で半月板が損傷されておらず、かつスポーツへ復帰する必要のない方は、一度日常生活に復帰して下さい。その時点で、膝くずれや不安感などのために自分の希望する生活を維持できない場合(仕事に支障がでる、趣味が楽しめない)には、靭帯再建術を行うことをお勧めします。

質問4:筋肉を鍛えれば手術せずにすみますか?

答え4:靱帯と筋肉は役割が違うので、筋肉を鍛えただけでは膝くずれを100%止めることは出来ません。ただし、怪我をしたために落ちた筋力を回復するトレーニングは非常に重要ですし、ACLが機能していても筋力低下が原因で膝くずれを起こすことがあります。したがって筋力強化は極めて大切ですが、筋力だけで靱帯の機能を完全に補うことは出来ません。

質問5:手術はどのように行うの?

答え5:関節鏡という鉛筆の先くらいの細いものを使用して行います。膝の内側の腱(ハムストリング腱)と膝の前面の腱(骨付き膝蓋腱)、を使用する方法があります。ハムストリング腱を用いても膝蓋腱を用いてもどちらも良好な術後成績が得られることが分かっています(前十字靭帯損傷診療ガイドライン2019)。ハムストリングを使用すると術後早期の膝屈曲筋力が低下しやすく、また膝蓋腱を用いると術後に膝前面痛や正座をした時の痛みが発生しやすいと言われています。当院では主にハムストリング腱を使用しており、膝から少し下に4㎝程の小切開を行います。損傷靱帯の状態によって、1本ないし2本の再建靱帯を通し、スクリューや金属の留め具を用いて再建靱帯を固定します。再建靱帯の長さが足りない場合には人工靱帯を用いて補強します。


質問6:術後のリハビリはどう進めるのでしょうか?

答え6:入院中は、理学療法士と一緒に手術した膝のリハビリテーションを行います。また健側の筋力強化トレーニングも行います。退院後は当院もしくは自宅の近所の病院でリハビリを行ってゆきます。術後6か月程度でスポーツ復帰を目指してリハビリをすすめて行きます(表1)。その経過の目安は表1のようなものです。ただし表1に示したのはあくまでも目標で、筋力、可動域、腫れ、痛みなどの状態により、経過は個人個人で違ってきます。


リハビリテーションの進行例

術後3日 歩行可能(半月板断裂の合併なし) 

術後2週 膝関節屈曲90度、歩行可能(半月板断裂の合併あり)

術後4週 膝関節屈曲120度、ハーフスクワット

術後2ヶ月 スイミング、自転車エルゴメーター

術後3ヶ月 ジョギング(1キロ8分程度)、レッグランジ、レッグカール

術後4ヶ月 ランニング(1キロ6分程度)、縄跳び、

術後6−8ヶ月 スポーツ復帰準備(ダッシュ、ジグザグ、サイドステップなど種目に合わせた運動の開始)

術後6−12ヶ月 スポーツ復帰


質問7:入院期間は何日ですか?

答え7:入院期間は通常は7日間です(入院→手術→リハビリテーション→退院)です。仕事や学業の都合で早めに退院を希望される場合は最短4日間で松葉杖をついて退院することができます。ACL損傷は比較的若い患者さまが多いため、当院では仕事・学校の事情を考慮して患者さまの希望に合わせて入院期間を決めてゆきます。前十字靭帯の手術を行うときには、同時に半月板が痛んでいることが多く、半月板縫合術を追加した場合は松葉杖を使用して退院します。

質問8:学校や仕事にはいつから戻れますか?

学校やデスクワークの仕事であれば、術後1-2週間で復帰が可能です。営業職で長い距離を歩く、重たいものを運ぶ、自動車の運転をする、長時間の立ち仕事などの場合、その程度により術後1ヶ月から3か月で復帰が可能となります。

質問9:スポーツへの復帰はいつ頃からできますか?

答え9:競技種目や選手の能力、リハビリテーションの状況によって変わりますが、6-12ヶ月でスポーツに復帰します。移植された腱は術後経過中に少し弱くなってから再び強くなるという生物学的な成熟過程を経て完成されて行きます。一時的に弱くなる術後2~4カ月の時期には、再建靱帯を保護しながら安全にトレーニングを進めないとゆるんだり切れたりする事故が起きます。再建靱帯は初期治癒に6ヶ月、成熟するには9-48ヶ月を要すると報告されており(Pauzenberger L, et al. 2013, Claes S, et al. 2010)、ただがむしゃらに早くから動かせば早期復帰できるというものではありませんので、担当の医師や理学療法士の指示に従って、経過に応じたリハビリテーションを行うよう心がけて下さい。

質問10:手術の合併症は?

答え10:以下のような合併症があげられます。

術後の疼痛:術後一時的な痛み、腫れ、しびれなどが出ますが、いずれも1週間以内に治まってきます。手術当日など、痛みがつらい場合には鎮痛薬などを使用して治療します。

術後知覚障害:靱帯を作るために取る腱の近くには細い神経が通っているため、術後にすねの外側や傷の周りに感覚が薄い部分が出来ることがあります。末梢神経の障害なので徐々に回復してきますが、最終的に触覚がやや鈍ることがあります。

腱採取部の影響:ハムストリングを用いる場合―膝を曲げる働きをする主な3つの筋肉(半腱様筋、薄筋、縫工筋)のうちの1つないし2つの腱(半腱様筋と薄筋)を採取して再建靱帯を作ります。取った腱は1年ほど経つと再生してきますが、膝を深く曲げる筋力は少し低下します。膝蓋腱を用いる場合―膝の皿の骨(膝蓋骨といいます)とすねの骨(脛骨といいます)をつないでいる膝蓋腱の約1/3を採取して再建靱帯を作ります。膝蓋腱を用いる場合、正座など膝を深く屈曲したときに膝前面の痛みが出ることがあります。

深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群):お腹や下肢の手術をすると、下半身を動かさずに寝ていることが原因で、下肢の静脈の中に血栓という血の固まりが出来ることがあります(深部静脈血栓症といいます)。通常この血栓は自然に無くなりますが、まれにリハビリなどの動作中に血液の流れにのって肺に運ばれ、そこでつまって突然死する事があります(肺血栓塞栓症といいます)。ACL再建術で肺血栓塞栓症を起こすことは極めてまれです。術後より足の曲げ伸ばしをして、じっと動かないでいる時間をなるべく短くすることが大切な予防法となります。万一肺血栓塞栓症が生じた場合には、酸素を吸入したり、血液を固まりにくくする薬を投与したりして対処します。

細菌感染:ACL再建術は内視鏡を使った小侵襲手術で、手術中も関節内を洗浄しながら行うため、前十字靱帯再建術による術後感染症の発生率は0.5%程度と報告されています(前十字靱帯(ACL)損傷診療ガイドライン2019)。

再断裂:靱帯を再建しても、残念ながら再断裂する恐れはあります。初めて再建術を受けてから5年間に再断裂する確率は2~10%とされています(前十字靱帯損傷診療ガイドライン2019)。再断裂する要因として、早すぎるスポーツ活動への復帰などが考えられます。

その他:術中出血、アレルギーなど予測できない合併症が起こることもあり得ますが、そのつど対応致します。

質問11:白井聖仁会病院で手術を受ける場合の手順は?

答え11:外来で担当医と相談し手術を受けることが決まったら、入院の申し込み手続きと術前検査(採血、検尿、胸部レントゲン撮影、心電図、心エコーなど)を行います。入院は手術予定日の前日になります。

質問12:麻酔は全身麻酔ですか?

答え12:通常は全身麻酔・腰椎麻酔・局所麻酔を併用して行います。併用して行うことで、身体への麻酔の負担を減らすことができます。当院では麻酔の方法から管理まで全て麻酔科に一任しております。入院後に麻酔科の先生の説明がありますのでご相談ください。

質問13:手術をすれば膝は一生もちますか?

答え13:手術は、あくまでも靱帯の代用物を作るもので、正常な靱帯を再生するものではありません。手術をして元通りのスポーツレベルに復帰しても、怪我をして再度ACLを損傷することもありますし、関節軟骨や半月板の変性(加齢による機能の低下)は少しずつ進行してゆきます。手術をすれば膝が一生持つわけではありませんが、不安定な膝のまま放置しておくよりは、膝のクッション(半月板や軟骨)が傷みにくくなると考えます。

質問14:使った金具は抜くのでしょうか?

答え14:金具はチタン合金製で、一生入れておいても問題のないものです。必ずしも抜去する必要はありませんが、「金具が入っていることが気になる」「金具を入れた部分が痛む」「金属アレルギーがある」という場合には、術後1年経過した時点で抜去します。

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